東京高等裁判所 昭和43年(う)2391号 判決 1969年3月05日
本店所在地
新潟市万代町二五番地の二
新潟トルコセンター株式会社
右代表者代表取締役
姉崎博
本籍並びに住居
新潟市旭町通一番町八五番地
会社役員
姉崎博
大正一二年一月八日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、新潟地方裁判所が昭和四三年一〇月八日に言い渡した判決に対し、弁護人から各控訴の申立があつたので、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人今成一郎の控訴趣意書に記載されたとおりであつて、その論旨は、要するに、原判決の量刑不当を主張するものである。
そこで記録について調査すると、本件法人税逋脱の犯行の動機・罪質・態様・規模(二回の犯行による脱税額合計一、一四三万五、一〇〇円)等に照らし、原判決が被告人新潟トルコセンター株式会社を罰金三〇〇万円、同姉崎博を懲役四月(但し二年間執行猶予)に各処したのはまことに相当であり、所論主張のような諸事情を参酌しても右結論を左右するに足りない。すなわち、本件犯行の動機が所論のように事業拡張のためであつたとしても、それは特に本件脱税行為につき酌量すべき事情とはなし難く、又、被告人姉崎博は昭和三七年六月二六日に被告新潟トルコセンター株式会社を設立して間もない同年一二月頃から本件同様の手段を用いて売上金の脱漏を計つていたことが証拠上明らかであり、偶々昭和三九年六月一六日に起きた新潟地震による災害が右脱漏を継続するうえに何ほどかの影響を及ぼしたとしてもこれまた特に同情すべき事由とはなし難いのみならず、右地震による災害については既に同月三〇日を未日とする期の法人税申告にあたり計上済みのものであるから、もはや右災害をもつて本件脱税上の動機として斜酌する余地はないものというべく、更に、被告人姉崎博が本件の発覚以前に脱税を中止したことも、同人の検察官に対する昭和四三年七月二三日付供述調書によれば、自己の良心に咎められたほか、人件費の高騰等により経費が高み売上金の脱漏を計ることが困難となり、仮りにかかる脱漏により裏金を貯めてみてもこれを表面にだして使おうとする場合従業員達に発覚していろいろ問題を生ずるおそれもある情勢に立ち至つたこと等の事情によるものと認められるのであつて、これまた原判決の刑をさらに減軽すべき事由とはなし難い。なお、被告人姉崎博に改俊の情があることは、原審検察官の論告求刑において既に織りこまれているところであり(原審第一回公判調書の記載参照)、原判決の量刑もこれを前提としているものと認められるので、いま特にこの点を取り上げて原判決の刑を減軽する余地も存しない。
以上各方面から考察しても原判決の科刑が不当に重いものとは考えられないので、論旨は理由がない。よつて刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却することとして主文のように判決する。
公判期日に出席した検察官検事古谷菊次
(裁判長判事 遠藤吉彦 判事 吉田信孝 判事 管間英雄)
昭和四三年(ウ)第二、三九一号
控訴趣意書
被告人 新潟トルコセンター株式会社
同 姉崎博
右被告人両名に対する法人税法違反被告事件につき控訴趣意書を提出する。
原判決が被告人新潟トルコセンター株式会社を罰金三〇〇万に同姉崎博を懲役四月、執行猶予二年に処したことは左記理由により酷に失し、量刑不当である。
一、原判決書の理由中罪となすべく事案に記載のとおり、被告会社はその業務に関し法人税を免れる目的で
(1)昭和三九年七月一日より翌四〇年六月三〇日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額は一一〇〇五、四一一円で、これに対する正規の法人税額は三、八九一、八〇〇円であつたのにもかかわらず、所得金額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて法人税額三、八九一、八〇〇円を脱し、
(2)昭和四〇年七月一日より翌四一年六月三〇日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額は二一五六二、二五四円でこれに対する正規の法人税額は七、五四三、三〇〇円であつちのにもかかわらず、所得金額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて法人税額七、五四三、三〇〇円を逋脱したものである。
右犯行の動機は被告会社が事業拡張を計画していたことと昭和三九年六月十六日の新潟地震により被つた甚大な被害を早急に回復せんとあせつていたためである。
事業の拡張とは被告会社が経営する新潟トルコセンターには駐車場の設備がなくその必要を痛感していたところ、偶々近くの土地を手離すものがあつたので、その土地を購入することと、新潟駅前に支那料理店を建設するため藤田金属株式会社所有の土地一〇一、六七坪を坪当り四五万円で購入することの二つであ。右二ケ所の土地を購入するためには莫大な資金を銀行から借用しなければならず、そのためには担保として銀行に対し簿外預金をする必要があつたのである。
又昭和三九年六月一六日の新潟地震により新潟トルコセンターの三階建の建物は約一、五米陥没した上に一五度傾斜し、更に地下水がふきだしたため地下のボイラー室は勿論、一階も 海となり甚大な損害を被つた営業は四ケ月も停止し、その間六〇名の従業員の給料、手当を支給しなければならない上に建物の復旧には二、〇〇〇万円の工事費を要し、右資金も銀行から融資を受けたのであるがその返済金も工面しなければならなかつた。
このような事情からつい売上金の一部を除外して簿外預金をするに至つたものである。
二、被告人姉崎博は前記のような事情から売上金の一部を除外していたのであるが、このような方法で正規の法人税をまぬがれていることは常に良心がとがめたし、発覚をおそれて心配していることに堪えかねた 上に営業の方も人件費が高騰して経費がかさんできたために売上金の一部を除外する余裕もなくなつてきたので、本件発覚の以前である昭和四一年七月からは売上金の一部を除外して、法人税をまぬがれることを自発的に中止したのである。
本件が発覚して取調が始まつたのはその後約一年半もたつてからである。
被告人は心から前非を悔い改めの情極めて顕著である。
三、被告人姉崎博は韓国で生れ、昭和七年両親とともに日本に渡り、大阪に居住していたが家庭が貧困だつたため、小学校教育を受けることができず、名前を自署することができる程度で字を書くことができないのである。
戦時中は軍需工場で働いていたが、戦後は一時衣料品行商に従事していた。新潟に行商にきて、居住するようになり昭和二二年現在の妻チイと結婚し、日本国籍をとり市内で食堂経営を始め、屋号を「来々軒」と称して次第に支店をふやして成功し、昭和三七年六月には新潟トルコセンター株式会社を設立するに至つたものである。
被告人姉崎博は性温順であつて仕事熱心であり、家庭には妻との間に四人の子供がおり家庭は極めて円満である。
したがつて被告人姉崎には再犯のおそれは全くないものである。
以上の理由により原判決は量刑不当と信じますので被告人新潟トルコセンター株式会社に対しては罰金額を軽減しで頂きたく、又被告人姉崎博に対しては罰金刑に処して頂きたく特にお願いする次第であります。
昭和四三年一二月一九日
右弁護人弁護士
今成一郎
東京高等裁判所
第十一刑事部御中